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漫画家きむらひろきのブログ

大公開日誌

生きていて、出来れば、幸せでいて

フォロワーさんの呟きを見て、ふと、この間考えてたことを思い出したので、ここに書いておこう。

とても仲が良かった相手の心が、ある時を境に離れて行った事がある。だいぶ昔の話。
当時、何の理由で相手が離れたのか良く解らなかったし、相手もその時は教えてくれなかったので、自分は狼狽えて混乱して、最初は原因を探してどうにかしようと色々相手に対して試みたけど、全然ダメで。仕方なく、そういう運命だったんだろうと諦める形で、距離と時間を置いた。
ただ、それで相手を嫌うことはどうしても出来なかったので、自分からは時々相手に、何かしらの発信はしてた。当時はネットの類いはまったく無かったから、物や紙での発信だったけど。
結果を先に言うと、その後相手は、それを謝る形の手紙をくれた。原因もなんとなく解ったし、それは自分の中でどうでも良かった。
ただその後、元の仲良しの様にはもう戻れなかった。時間や距離やお互いの状況が、そのやや離れた状態を「自然」だと、自分の中で定着させてしまったように思う。
後、離れている期間、自分の中で固めてしまったこともある。

心離れてしまった当初は、困惑したし、自分に幻滅したりもした。やっぱり自分が拒絶された時は、それまでの行動が間違ってた・嫌がられたと思ってしまうから。仲が良い、なんて思ってたのも自分の独りよがりだったんじゃないか、とか。
そうやって落ちていくと、創ること(当時はプロ未満、投稿時代だった)にも影響して、自分の作る物も最低に見えてくる。何しろそれまでは、描いた物を相手に見せて喜んで貰うことは、自分のモチベに直結してた。それが断たれたから、自分を認めてくれるものなんて、この世にこれっぽっちも無いんじゃないかと思ってしまった。

でも、それでも描かないわけには行かなかった。作って何かのプロになると決めていたから。
相手の居ない状況でも、断たれたモチベを復活させる方法は無いだろうか?

その時に思い至ったのが、会えなくても相手が生きててくれれば、幸せで居てくれれば良い、そしてその幸せに自分が作ったものが、ほんの少しでも関与できれば良い、という思考だ。
例えば、自分が描いた物を読んだ誰かが、ちょっと笑って、その笑いが別のどこかに伝わって、人に笑顔を向けたり、他人へ親切に出来たり、色んな形で伝播して、巡り巡って相手に届くことだって、絶対無いとは言えない。
相手に直接じゃなくても、もの凄く遠回りでも、かすかな微粒子でも、自分が作った物が相手の幸せに関与するなら、それは自分のモチベに出来る。
プロになることへのモチベに出来る。

当時の自分はそうやって「こじつけて」、無理矢理モチベを押し上げて作り続ける事に決めた。多分それが、まだ若い頃の思考の、精一杯だったんだろうと思う。そんな考え方しか思いつかなかったし、縋るしか無かった。
でもその考え方はその後、同様に何度か訪れた「親しいと思ってた人の別離」の時に常に行われ、自分の中で深く根付く考え方のひとつになった。

あの人もあの人も、あの人も、遠い存在になった。でも、生きていてくれればいい。
自分は公約通りプロになった。25年、仕事は随分減ってしまって「漫画家」という肩書きが不釣り合いになりつつあるけど、それでもプロでいる事にしがみつくのは、もう合わなくなった人達に、幸せでいて欲しい、その幸せに関与し続けたいからなのかなあ。
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  1. 2016年09月21日 12:09 |
  2. 日記