漫画家きむらひろきのブログ

大公開日誌

ごめんね、チビきむら

例えば、ケーキ屋でケーキを買うとして。
とても綺麗でキラキラしたケーキに、一番心ときめいても、それを避けてしまいます。
例えば、買い物帰りにクレープ屋やアイスクリーム屋を通りかかって。
食べたいなあ、と思っても、誰かに誘われでもしない限り、目を背けてしまいます。


お金の余裕がなくて買えないから我慢、という状況は除外して。
(哀しいかな、それは度々有ります(笑))
なんで自分は常にそういう判断を無意識にしてしまうのか?
って、大人になってからですが、随分長いこと思ってました。
それで、それは多分、子供の頃にそう思い込んでしまった、自分にかけた呪いだろうと考えています。
『自分にそれは似合わない、選ぶ権利が無い』
と思ってしまう呪いです。
そんな自虐的な考えはおかしい、と理性で解ってはいても、どうしても外すことの出来ない呪いの思考です。

「きむらは○○選んじゃだめ、それはあたしの」
みたいな事で具体的な虐めめいた事に遭ったのか、それは覚えて無いですが、
『自分は、皆が好きになる綺麗な物、人気な物、素敵な物を、選ぶ権利の無い下の下な人間だ』
と思い込んでいた時期が有ったのは、確かだと思います。
そう思い込んでいた方が、他者から攻撃されずに都合が良くて楽だから、自分を護ろうとしてそうしたんだと思う。
だから、それで今の自分に呪いが掛かってるとしても、当時の自分は責められない。

ただ、昨日急に思い当たったのですが、
権利の無い人間、と思い込む一方で、子供の私は

『だけど大人になったら、自力でお金を稼いで好きな物を買ったり、何でも自分で考えて決めて、自由に生きることが出来る!』

と、希望を抱いても居た筈なのです。
大人になれば、学校の虐めも、母親の監視と強制も無くなって、自分で自分の事を決めて選ぶ権利が持てる。
だからこそ、生き急ぐように、はやく出来る事を見つけて、大人になって自分の力で生きようとしていたんです。

その筈なのに、でも今の自分は、未だに
これが欲しい!
と感じた物が、綺麗とか可愛いとか皆に人気だったりとかすると
『自分にそれは似合わない』
と思って避けて来ました。大人になってから30年近く経った今も。
ケーキ屋でもクレープ屋でも、
洋服でも、音楽でも、スマホでも、なんでも。

つまりそれは、
『大人になったら自由に生きられる!』
と信じて生き続けた、小さい頃の自分を、裏切ってることになる。



――ということに、昨夜気がついて、
途端にびっくりするくらい、涙がボロボロ出て来ました(幸い洗面所でした)


人間は誰しも、心の内に小さい頃の自分が居る、みたいな話が有りますが、
その解釈や真偽はともかくも、
自分の中に住んでいる「チビきむら」に、謝りたい気持ちで一杯になりました。
そして、何時だったかの誕生日かクリスマスだかに、
マネKさんが、全く予想してなかった、すごく綺麗なケーキを買ってきて、
「こんな綺麗なの自分が食べて良いの?」と戸惑いつつ、びっくりするくらい嬉しかった事を思い出しました。
あの時はきっと、チビきむらも一緒に喜んでいたのでしょう。こういうやつが食べたかった!って。

大人になった自分は、人から貰うんじゃなく、自分自身でそれを選ばなきゃいけなかったんだね、チビきむらよ。
それが子供の頃生きられた理由で、今その時が来てるんだから。
ごめんね、チビきむら。
気付くのに30年もかかってごめんね。
(でもお金が無い時は一緒に我慢してね(笑))

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  1. 2017年07月02日 17:07 |
  2. 日記